在留特別許可というもの

 一昨年(2009年)、埼玉県蕨市のフィリピン人、カルデロンさん一家の問題の時にずいぶん話題になったネタです。この時は蕨市在特会が「不法滞在外国人は出て行け」のデモをやったことからヘイトクライムとも呼ばれ、ネットなどで関心を集めました。
 在留特別許可というものに対する根本的な無理解が背景にはあると思われますが、その後もネットの世界では制度の無理解に基づく誤った言説が繰り返し出てくるようなので、少々前のネタかも知れませんが取り上げてみようかと思います。

 素材として扱わせていただくのは、↓こちらのブログのコメント欄で展開されているlatter_autumnという方の言説です。(たまたま目にしたものですが、在留特別許可制度についての誤った理解が集約されているようなので素材に適当だと思われます。)
http://ukiuki.way-nifty.com/hr/2009/02/post-14b1.html

私があの一家と親しくしていたなら、私も涙くらいは出るかもしれませんが、それでもやはり「法を曲げろ」とまでは言えませんね。私はアンフェアが嫌いなので。

 カルデロンさん一家及びその支援の人達は、一家に対して法務大臣が在留特別許可を出すことを求めて署名運動等を行っていたわけですが、それは「法を曲げろ」と要求していることになるのでしょうか?
 どうも、法務大臣が在留特別許可を出し、不法滞在外国人に在留を認めることは法律に基づかない超法規的措置だとでも思い込んでいるような節があります。
 けれども、在留特別許可は入管法法務大臣の権限として規定されています。制度として存在する以上、行政庁が権限に基づいてそれを出すことも、行政庁に対してそれを出すことを要請するのも法を曲げることにはちっともならないはずです*1

出入国管理及び難民認定法
法務大臣の裁決の特例)
第五十条  法務大臣は、前条第三項の裁決に当たつて、異議の申出が理由がないと認める場合でも、当該容疑者が次の各号のいずれかに該当するときは、その者の在留を特別に許可することができる。
一  永住許可を受けているとき。
二  かつて日本国民として本邦に本籍を有したことがあるとき。
三  人身取引等により他人の支配下に置かれて本邦に在留するものであるとき。
四  その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき。

退去処分の取り消しを求めて訴えたということは、在留特別許可を要求したのと同義です。それで敗れたということは、「在留特別許可を与えず退去処分とすることは適法」と認定されたということです。

 行政処分取消訴訟における請求棄却判決の意味について誤解しているような感じがしますので述べておきます。
 退去処分の取消訴訟が起こされても、その処分に権限逸脱もしくは権限濫用という余程のことがあった場合でなければ裁判所はその処分を取り消すことができず、「原告を在留させるべきだ」と思ったとしても原告を敗訴させるしかないことになっています。というのは、外国人に対する国外退去処分は法務大臣の裁量行為とされているからです*2
 行政庁の裁量行為とは、法律が行政機関に独自の判断余地を与え、それによって一定の活動の自由を行政庁に認めている行為のことを言います。法律によって許容された行政庁の裁量権の範囲内にある限り、当・不当の問題となることがあっても、適法・違法の問題にはならず、従って司法審査は及び得ないことになるのです。
 もう少し分かりやすく言うとすれば裁判所が審査するのは、当該行政処分が行政機関の権限の範囲内かどうかということだけなのです。カルデロンさん一家の問題でも退去処分取消訴訟は請求棄却判決となったそうですが、それは当該処分を出したことに行政庁(法務大臣)の権限逸脱・濫用はなかった(=違法性がない)というだけのことです。
 
 なお、もし仮にカルデロンさん一家が法務大臣が在留特別許可を出さないことは違法だとして義務付けなどの訴えを提起したとしても、おそらく裁判所は請求を認容しないだろうと私も思います。在留特別許可を出さないことは適法だとおそらく判断されるでしょう。但し、それは在留特別許可を出したら違法になるという意味ではありません。在留特別許可を出すか出さないかはあくまで法務大臣の自由裁量の問題です。法務大臣裁量権の範囲内である限りは出しても出さなくても違法にはならないという話です。

行政事件訴訟法
第三十条  行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。

出入国管理及び難民認定法に基づく強制退去は、子供の権利条約にも、人道にも、何ら反しません。人道的にOKです。子供がいるからという理由で「偽りその他不正の手段」を不問に付すのならば、それは「法を曲げる」ことになります。人道的配慮どころか、アンフェアであるだけです。

 不問に付されてなどいません。カルデロンさん一家のご両親については不法在留罪での刑事責任追及がきちんと行われており、母親サラさんについては執行猶予付きの有罪判決確定となっていて、父親アランさんについては起訴猶予処分となっています。それが不当だとは誰も言っていません。
 「偽りその他不正の手段」での入国については公訴時効が成立していますが、不法在留について刑事処分がなされ、その処分は終了しています。
 強制退去は(人道的にOKかどうかはともかく)違法ではないかも知れません。ですが既に述べたように在留特別許可を出すことも違法ではなく、出したとしても「法を曲げる」ことにはちっともなりません。

ゆえに今回のケースで「人道的配慮に基づいて、強制退去を撤回し在留特別許可を出す」余地はありません。そんなのは「人道」の履き違えです。

 余地はないなんてことはありません。在留特別許可を出すか出さないかは法務大臣の自由裁量なのですから、要するに匙加減一つでどうにでもできるものです。
 カルデロンさん一家について言えば、長女ノリコさんが中学生になってから不法滞在が発覚していたのでしたら、前例に照らして間違いなく在留特別許可が出されたはずです。過去の審査実例に照らせば、すれすれのケースだろうと思われます。

まあ孔明先生はともかく、法律で罪と罰が明確に規定されている以上、それに従うのは当然でしょう。

 どうも入管法に基づく強制退去処分を刑事罰と思い込んでいる節がありますね。強制退去処分は刑罰ではありません。行政処分です。

あの一家が難民であれば、定住者の在留資格が与えられない場合に、代わりに在留特別許可が与えられる可能性もありますが。それにしたって「偽りその他不正の手段」はタブー、不正がばれたら許可取り消しですよ。

 難民以外で、かつ「偽りその他不正の手段」で不法入国した者に在留特別許可を与えた例が多数あります。

「在留特別許可された事例及び在留特別許可されなかった事例について」(平成22年4月 法務省入国管理局)
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyukan_nyukan25.html

まあ、そもそも難民ではない、全然違いますから、無理でしょう。

 入管法は在留特別許可を難民の場合に限ってなどいません。そもそも入管法50条は難民以外の者について在留特別許可を与えるための規定です。難民認定手続の中での在留特別許可については入管法50条は適用されず、入管法61条の2の2によって難民認定手続の中で在留特別許可の許否を判断するとされているからです。
 「難民でなければ在留特別許可を出すな」と言うのでしたら、入管法50条は何のための規定なのだ? どういう場合に入管法50条を適用すれば良いのだ? ということになってしまいます。

「偽りその他不正の手段」は、罪としてそれなりに重いのです。子供がいようがいまいが不問では済まない。しかし強制退去処分だけなら、罰としては軽い。
殺人や窃盗のような犯罪とはちがって被害者がいるわけではない「罪」とかいうなら、脱税にしても通貨偽造にしてもドラッグ密売にしても政治資金規正法違反にしても希少生物不正捕獲にしてもそうですが、やはり子供がいようがいまいが不問では済みませんし。

 繰り返しますが強制退去処分は刑罰ではありません。刑罰と行政処分をまるっきり混同しているようです。これも繰り返しですが、不法在留罪にあたる点については刑事処分が終了しており、不問にされてなどいません。

 ところで、「不法入国・不法滞在者に在留特別許可を出すのはおかしい」という主張もネット上では散見されるのですが、在留特別許可というのはそもそも不法滞在者に対して出すものです。即ち、不法な滞在となっているが、強制送還させるのは人道に反するなどの何らかの事情がある場合に滞在を認めるものです。不法な滞在であることが制度の適用の前提になっています。当り前のことですが、適法な滞在者に対しては在留特別許可なんて出しようがありません。
 「不法入国・不法滞在者に在留特別許可を出すな!」と言うのだったら、「では、いったい誰に対して在留特別許可を出すのだ」ということになってしまいます。「不法入国・不法滞在者に在留特別許可を出すな!」との主張は在留特別許可という制度の存在の前提を理解していない主張なのです。
 これに対し、「不法滞在者は全員国外退去させた方が良いのだから、在留特別許可という制度は廃止すべきだ」というのだったら、それはそれで一つの主張ではあります。筋は通っていることになります。けれども、「在留特別許可という制度は廃止すべきだ」との主張はほとんど見かけません。
 例えば、在特会による蕨でのデモでも、↓こちらの画像を見る限り「在留特別許可制度の廃止」ということは掲げられていなかったようです*3
http://www.shukenkaifuku.com/KoudouKatudou/2009/090411.html

↓こちらのデモの呼びかけにも「在留特別許可制度の廃止」というのは特に掲げられていないようです。
http://shinpuren.jugem.jp/?eid=656

↓こちらの動画で在特会会長の桜井誠氏は長々と演説していますが、「在留特別許可制度を廃止せよ」とは少しも言っていないようです*4
http://www.youtube.com/watch?v=4NzCDqQjUhI

どうも、「法治国家法治国家」とヒステリックに叫んでいる人ほど法律を知らないのでは? という印象です。

*1:行政庁(本件では法務大臣)がどうしても在留特別許可を出さない場合の司法救済の手段として義務付け訴訟(行政事件訴訟法3条6項)の提起というのが考えられます。この在留特別許可の義務付けの訴えを認容した裁判例もあります(東京地判平成20年2月29日判時2013-61)。なお、在留特別許可の義務付け請求が棄却されたとしても、在留特別許可を出すなと裁判所が言ったわけではありませんので誤解されないように。義務付け訴訟の本案勝訴要件は「行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」ること、または「行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められる」こととされています(行政事件訴訟法37条の2第5項)。在留特別許可を出すか出さないかは行政機関の裁量であるため裁判所の審査範囲は限定されているのです。

*2:但し東京高裁などでは、「裁量の範囲内だから退去処分は取り消さないけど、できれば原告に在留特別許可を出してやって欲しいなあ」みたいな付言が判決に付いて、実際に在留特別許可が出された例があります。

*3:蕨のデモでは「ノリコさんにいますぐ帰国を!」とのプラカードもあったようですが、この時点でノリコさんには既に在留特別許可が出されているのですから適法な滞在になっています。適法な滞在者になんで帰国を求めるのでしょうか? 理解しかねます。

*4:桜井誠氏は「犯罪者は日本から叩き出せ」と言っているようですが、犯罪者なら刑事手続きに乗せるべき話のはずです。「犯罪者は処罰せよ」と言うのだったら分かりますが、「犯罪者は日本から叩き出せ」との主張は筋が通らないように思います。昨年の尖閣諸島での中国漁船衝突事件で中国漁船の船長が公務執行妨害で逮捕されたのに結局この中国漁船の船長は中国へ送還され処罰は事実上不可能になったわけですが、犯罪外国人が日本から叩き出されたのだから万々歳だと桜井誠氏はお考えなのかも知れませんけど。

募金の強要

何とも呆れ果てたニュースです。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866918/news/20110520-OYT1T00424.htm

義援金出さなかった生徒の名前、黒板に貼り出す

 秋田県大館市の同市立第一中学2年の2学級で、それぞれの担任教諭が、生徒会が企画した東日本大震災義援金集めで寄付をしなかった生徒計約20人の名前を教室の黒板に掲示していたことが20日、わかった。

 同校では保護者からの苦情で取り外した。

 同校によると、義援金集めは被災地を支援しようと生徒会が企画した。全生徒に募金を呼びかけるチラシを配り、11日から17日まで1人200円以上を納めるよう呼びかけた。

 受け付けは17日朝までだったが、同日の帰りの会で担任教諭2人が、納めていない生徒計約20人の名前を紙に書いて黒板に貼って寄付を促した。担任は納付した生徒の名前をチェックしており、約15人の生徒が掲示後に寄付したという。

 同校の菊地俊策校長は読売新聞の取材に対し、「生徒全員が全会一致で決めたので任意の募金ではないと考えていた。宿題を忘れた人への注意喚起と同じ感覚だったが、保護者や生徒に不安を与えたなら責任を感じる」と話している。

(2011年5月20日11時41分 読売新聞)

 このようなニュースを読むと義援金を出そうという気持ちもかえって薄らいでしまいますね。
 以下、紹介するのは「赤い羽根共同募金」などについて予め自治会費に寄付分を上乗せして徴収するとの自治会決議の効力が争われた事件についての大阪高裁判決です。被控訴人(自治会側)が上告せず確定しています。

http://www3.shakyo.or.jp/cdvc/data/files/DD_71051059172111.pdf

「募金及び寄付金は,その性格からして,本来これを受け取る団体等やその使途いかんを問わず,すべて任意に行われるべきものであり,何人もこれを強制されるべきものではない。」

「従前募金及び寄付金の集金に協力しない会員も多く,本件各会ごとに態度を異にする会員がいる中で,班長や組長の集金の負担の解消を理由に, これを会費化して一律に協力を求めようとすること自体,被控訴人の団体の性格からして,様々な価値観を有する会員が存在することが予想されるのに,これを無視するものである上,募金及び寄付金の趣旨にも反するものといわざるを得ない。」

「募金及び寄付金に応じるかどうか, どのような団体等又は使途について応じるかは,各人の属性,社会的・経済的状況等々踏まえた思想,信条に大きく左右されるものであり,仮にこれを受ける団体等が公共的なものであつても, これに応じない会員がいることは当然考えられるから,会員の募金及び寄付金に対する態度,決定は十分尊重されなければならない。」

「したがって,そのような会員の態度,決定を十分尊重せず,募金及び寄付金の集金にあたり,その支払を事実上強制するような場合には,思想,信条の自由の侵害の問題が生じ得る。」

「本件決議は,本件各会に対する募金及び寄付金を一括して一律に会費として徴収し,その支払をしようとするものであるから,これが強制を伴うときは,会員に対し,募金及び寄付金に対する任意の意思決定の機会を奪うものとなる。」

「本件決議に基づく増額会費名目の募金及び寄付金の徴収は,募金及び寄付金に応じるか否か, どの団体等になすべきか等について,会員の任意の態度,決定を十分尊重すべきであるにもかかわらず,会員の生活上不可欠な存在である地縁団体により,会員の意思,決定とは関係なく一律に,事実上の強制をもつてなされるものであり,その強制は社会的に許容される限度を超えるものというべきである。」

「したがって,このような内容を有する本件決議は,被控訴人の会員の思想,信条の自由を侵害するものであつて,公序良俗に反し無効というべきである。」