「レイシスト」と「しばき隊」の討論、何とも不毛

 さる3月24日、東京・文京区の文京シビックホールにてブログ『日本よ何処へ』の瀬戸弘幸氏主宰により公開討論会が行われたそうだ。
http://blog.livedoor.jp/samuraiari/archives/51888203.html

 これは、いわゆるヘイトスピーチデモを新大久保などで行っているグループと、アンチ・ヘイトスピーチ・グループの野間易道氏らと討論のようだ。
 その討論会は編集なしで、youtubeにアップされている。

1 http://www.youtube.com/watch?v=NhkhOVDa7qI

2 http://www.youtube.com/watch?v=b6kxBajKR58

3 http://www.youtube.com/watch?v=oEOahFRSvB8

4 http://www.youtube.com/watch?v=KkqNEVPGscU

 この全てを見るのは時間的にあまりに大変だったので、飛ばし飛ばしざっと見ただけなのだが、何とも噛み合わない不毛な議論だというのが私の印象だ。
 なぜか。野間易道氏は「考え方を変えろ」と相手の瀬戸弘幸氏に迫っている部分があったが(上記動画2の開始から8分くらいの所)、「それは無理でしょう」と思う。
 
 瀬戸弘幸氏らが繰り返すヘイト・スピーチには私も反吐が出る。だが、「考え」というのは人それぞれ。
 「どう考えようと俺の勝手だ!」と言われてしまえばおしまいだ。

 そんなことより、瀬戸弘幸氏らには無知に基づく思い込み・勘違い・事実誤認、論理展開のおかしさが酷すぎるのだ。そこをこそ突くべきだろう。

 例えば、2009年4月のカルデロンさん一家の問題での埼玉県・蕨市在特会が行ったデモ(これがヘイトスピーチデモの原点だった。)について、瀬戸弘幸氏は次のような発言をしている。(上記動画4の開始から22分30秒くらいからの所)

不法滞在者の子どもを、我々の税金を使って学校に通わせていたことを、不法滞在者の子どもだと分かっていながら学校がそれを黙認していたことを我々は怒っているのですよ」

 瀬戸弘幸氏は、その中学校(もしくは地元自治体)が勝手に不法滞在者の子どもの入学を認めたのだと思い込んでいるようだが、それは全く違う。
 文部科学省不法滞在者外国人登録がない子どもでも公立学校への入学を認めている。なぜなら、わが国が批准している社会権規約13条及び児童の権利条約28条が、締約国に在留資格に関わらずに全ての子に無償で初等教育を行うよう義務づけているからだ。
 
 地元の中学校や地元自治体が勝手に不法滞在者の子どもの入学を認めたわけではないのだ。

 文部科学省の方針に単に従っているだけなのである。

 その事実を瀬戸弘幸氏が知らないだけでしょ?

 「不法滞在者の子どもの就学に税金を使って欲しくない」と思うのは瀬戸弘幸氏の自由だろう()。
 ただ、それならそれで社会権規約や児童の権利条約の脱退運動をやるのが筋というものだ。蕨の中学校にデモをやる話じゃない。

 このように、この話は単に瀬戸弘幸氏が無知なだけなのだから、丁寧に教えてあげれば良い。
 ところが、野間易道氏はその指摘を全く行わず、「中学生の女の子にヘイトスピーチやるのは醜悪だ」の話に終始している。
 醜悪か醜悪でないかは価値観の問題だから、どこまで行っても平行線だろう。

 だがそもそも、カルデロンさん一家の問題だけをとってみても、瀬戸弘幸氏はとんでもない思い込みをしているのである。
 例えばブログ『日本よ何処へ』で、下記のようなことを言っている。

http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52219972.html

>ところが、12月になって一家3名が東京地裁に退去発布処分取消等請求訴訟を提訴します。続いて、入管に再審査情願申立てをします。平成19年5月に母親が仮放免となります。平成20年1月東京地裁において国側が勝訴判決、5月東京高裁においても国側が勝訴判決、6月一家3名が最高裁に上告及び上告受理申立てを行います。

>9月一家3名、最高裁において上告が棄却され、上告不受理の決定がなされ、同日刑が確定したわけです。行政処罰だけでなく、裁判でも適法であることが認定されております。


 「刑が確定した」とか「行政処罰」とか言っているが、強制退去処分は刑罰ではないのだよ。

 刑罰と行政処分を混同している人間がよく「法律!法律!」と吠えられるものだ。

 そして、強制退去処分の取消訴訟で国側が勝訴したととは、当該行政処分に行政庁の権限逸脱・権限濫用がなかったというだけのことである。
 法律が行政機関の裁量を認めている行為は、裁量の許されている範囲内にある限りは司法チェックは行えない仕組みになっているのだ(行政事件訴訟法30条)。
 従って、裁判所は「退去させろ」とか「退去させるのが妥当」などとは決して言っていないし、そもそもそんな判断はできない仕組みになっているのだ。

 退去させるか退去させないかは、行政が与えられた裁量の範囲内で自由に決めることが許されているのだ。
 そういう仕組みになっていることについて瀬戸弘幸氏が知らないだけ。(行政の裁量行為なんていろいろあるわけだが。鉄道の運賃の認可、自動車の運転免許、質屋の営業許可、旅館の経営許可、風俗営業の許可、マンションの建築確認、生活保護の決定、税金の賦課決定、原発の設置許可・・・・、いくらでも挙げられる。)

 さらに瀬戸弘幸氏は、長女に法務大臣が在留特別許可を出したことも問題視しているようだが、じゃあ在留特別許可は誰に出せば良いのだ? 在留特別許可とは何のための制度なのだ?

 そもそも在留特別許可というのは違法な滞在者に対して出すもの。(適法な滞在者に対してそんなもの出しようがない。)

※これについては以前の下記ブログ記事を参照されたし。
http://d.hatena.ne.jp/yubiwa_2007/20110523/1306138011

 これらの点について公開討論会で突っ込めれば面白かったと思う。

 ネット上の論争でも「在留特別許可は誰に出せば良いのだ?」の質問にまともな答えが返ってきたためしはないのだから。

(追記)
 瀬戸弘幸氏は、「我々の税金を使って不法滞在者の子どもを公立学校へ・・・」と言っているところを見ると、不法滞在外国人は税金を払っていないと思い込んでいるのかも知れないが、そんなことはない。
 不法滞在の外国人だろうと勤務先の給料からは源泉所得税が控除される。日本の税務署は不法入国者だろうと何だろうと徴税する。
 さらにカルデロンさん一家については、外国人登録もして住民税も納付していたことが報道されている。

 (改定入管法により外国人登録制度が廃止される以前は、不法滞在者であっても「在留の資格なし」のカテゴリで登録することができた。外国人登録は居住地の認定のために行うというのがその趣旨であり、それ以上のものではなかったので。)

*現実には、不法滞在者の子どもでも就学できることが周知されていない、外国人登録も未登録の場合、自治体も把握できす就学案内も送られないなどの理由で未就学児童が生み出されており、地域社会にとっても、その方が問題じゃないかと思うが、そのことはおく。
 従来、行政実務においては、不法滞在外国人の存在を把握しても、入管に通報しないという扱いがされていた。ところが、2003年から入管が自治体の外国人登録のデータを不法滞在者の摘発に使う方針に転換したため、状況が変わった。
 さらに昨年(2012年)7月から、外国人登録制度は廃止され、新たな在留管理制度になったため、未就学児童の増加が懸念されている。

<参考>
在留資格ない子どもが不就学に陥る懸念、外国人の在留管理制度7月開始
(神奈川新聞 2012年2月24日)

 入管難民法改正に伴う新たな外国人の在留管理制度の7月開始を控え、教育現場に不安が広がっている。在留資格がない子どもが不就学に陥る懸念が高まっているからだ。新制度では外国人登録を廃止。このため在留資格がなくても自治体に外国人登録することで学齢期の子どもに届いた就学通知がなくなる。政府はこれまで同様、在留資格がない子どもを学校に受け入れる方針だが、関係者は「不就学が確実に増えるだろう」と指摘している。

 現行制度では、各市町村が管内に住む外国人の住所、氏名などを記した外国人登録原票を保管し、現住所の証明や人口調査などを行っている。在留資格がなくても登録でき、オーバーステイの外国人も、子どもの就学のために外国人登録をするケースが多かった。

 改正後は、在留資格があれば法務省入国管理局(入管)が在留カードを交付し、住民票が作成される。だが、全国で7万人超とされる在留資格がない人たちの情報を把握する行政機関は、なくなる。「これらの人々は、法的にいないことになる。存在が地下化する」と懸念の声も上がる。

 日本が批准する「国際人権規約」と「子どもの権利条約」は、在留資格に関係なく学齢期のすべての子どもに教育を受けさせることを締約国に求める。このため現在、在留資格がない子どもも学校に通えている。新制度でも「すべての子に(学習権を)保障するということは、これまでと変わらない」と、文部科学省の担当者は明言する。

 だが、就学通知がなくなることで不就学児の増加を予想する関係者は多い。

 「親は(入管への)通報が怖くて学校に通わせられないだろう。また、在留カードがないので受け入れないと、安易に考える教育委員会が出ることもあり得る」と、外国人問題に詳しい山口元一弁護士。就学率を上げるには、「通報はしない」と明言し、さまざまな言語で就学を促す告知をする必要があるとする。

 本人や親が外国籍という生徒が3割以上を占める横浜市立中学校の校長は「入学通知は出したほうがいい。地域でぽつんとしている子を減らすためにも、積極的に教育を受けさせてほしい」と期待。一方、オーバーステイの子を受け入れた場合の公的機関としての通報義務について悩む横浜市立小学校校長もいる。

 入管は、不就学児増の懸念について「ルールを守ってもらうのが前提だが、就学自体はこれまで同様の扱いだということにつきる」(参事官室)と言葉少な。通報義務については「通報で守られるべき利益と、職務が円滑に遂行できるかを比べて、自治体が判断する。経験上、学校からの通報はこれまでない」(警備課)と話している。

 ◆新在留管理制度 日本に在住する外国人の情報を継続的に把握し、適法に在留する外国人の利便性を向上させるためなどとして、2009年7月に公布された改正入管難民法に基づき7月9日に開始。在留期間の上限を5年に延ばすほか、在留資格を持つ中長期滞在者に在留カードを発行し、それを基に市町村で住民票が発行される。