「ロッキード事件Q&A」の間違い(Apeman氏の誤り・その4)

 id:Apeman氏の『ロッキード事件Q&A 裁判編』というブログ記事を、ちらっと見ました。

 ↓こちらです。
http://apesnotmonkeys.cocolog-nifty.com/log/2005/10/qa_5113.html

 予想どおりと言うべきか、予想以上と言うべきか、おかしな記述が数多く出てきます。
 その中でとりわけ気になるものがあったので、取り上げてみます。

Q2 ロッキード裁判では被告の反対尋問権が奪われたというのは本当ですか?
A2 嘘です。この種の裁判批判は、コーチャン、クラッターらロッキード側の証人に対して行なわれた嘱託尋問の調書が証拠採用されたことを問題にしています。コーチャンらはロッキード裁判の公判に証人として出廷したことがありませんので、公判での主尋問に対する反対尋問はもともと問題になりません。したがって、嘱託尋問調書の証拠採用が実質的に被告の反対尋問権(憲法37条2項)を奪うことになったかどうか、が問われなければなりません。
 この嘱託尋問調書は刑事訴訟法321条1項3号に基づいて一審、二審では証拠採用されました。刑訴法321条はそもそも「公判前に証言を文書のかたちで残した証人が公判に証人として出廷できない場合」にその文書を証拠として採用できる要件を規定した、刑訴法320条の原則に対する例外規定なのです。したがって、件の嘱託尋問調書が刑訴法321条1項3号の要件をみたしている限り(そして一、二審はみたしていると判断しました)、被告の反対尋問権を侵害することにはなりません(これについては最高裁判例もあります)。

 刑事事件で訴えられた者は「被告」ではなく「被告人」ですね。
 まあ、こういう用語の問題はともかくとして・・・・。
 A2の前段の「公判に証人として出廷したことがありませんので、公判での主尋問に対する反対尋問はもともと問題になりません。」というのは明らかにおかしい記述です。公判に出廷していない(=反対尋問をなしえない)からこそ、その者の供述を証拠として扱って良いかが刑事被告人の反対尋問権保障との関係で問題になるということは拙ブログにて既に述べたとおりです。
 が、これについてはApeman氏も、その記述の後で「したがって、嘱託尋問調書の証拠採用が実質的に被告の反対尋問権(憲法37条2項)を奪うことになったかどうか、が問われなければなりません。」と述べているので、まあまあ良しとしましょう。(「したがって」の前後が論理的に繋がらないような気もしますが、これにも目をつぶることにしましょう。)
 けれども、このA2の後段はどうなのでしょうか? 前段で「実質的に被告の反対尋問権(憲法37条2項)を奪うことになったかどうか、が問われなければなりません。」と、被告人の憲法上の権利の侵害にならないか(憲法37条2項に違反しないか)と問題提起しておきながら、後段では「刑訴法321条は・・・・刑訴法320条の原則に対する例外規定なのです。」「刑訴法321条1項3号の要件をみたしている限り・・・・被告の反対尋問権を侵害することにはなりません」と刑訴法321条という法律の規定の存在を理由として(憲法上の権利だとApeman氏もいう)被告人の反対尋問権を侵害することにはならないと結論づけてしまっています。
 憲法違反にならないかと自分で問題提起していながら、憲法上の理由を全く述べずに合憲か違憲かの結論を出してしまっているのです。

 当該嘱託尋問調書の証拠能力を認めることについて合憲と結論しようと違憲と結論しようと、その結論自体は間違いだとは言えません。(論理上はどちらの結論も考えられます。)
 けれども、合憲か違憲かの問題で、憲法上の理由を述べずに(法律の規定の存在と、その法律の規定の要件を満たしていることを理由にして)結論を出してしまうというのは論理として成り立ちません。

 Apeman氏が憲法と法律の関係(憲法と法律が上位規範・下位規範の関係にあること)という基本中の基本を全く理解していないということが、このブログ記事からも確認できます。


※Apeman氏は「これについては最高裁判例もあります」と述べていますが、嘱託尋問調書の証拠採用について被告人の反対尋問権を侵害せず合憲との最高裁判例はありません。

※これらの点について私より以前に的確な指摘をされている「法律家ですが・・・」さんに対してApeman氏は

『Apes! Not Monkeys! 本館』
「自爆(追記あり)」(2010-10-08)
http://d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20101008/p2

自称法律家氏へ

法律家を自称しておきながら、具体的な裁判が問題になっているときに何一つ具体的な議論ができない人間の発言から学ぶことなんて何一つありません。

>これらは全く逆に『供述調書として証拠申請されているのだからこそ反対尋問の機会の保障が問題となる』の誤りでした。

裁判の具体的な経緯を知っていれば、これがデタラメであることがわかるはずです。

>これも憲法が上位規範で法律は下位規範であることを見落とした,誤った主張でした。

裁判の具体的な経緯を知っていれば、これがナンセンスであることがわかるはずです。

(2010/10/10 15:02)

自称法律家氏へ

>しかし,実際にあなたが言っていたことの中には,法的・論理的に誤ったものが含まれていたことはこれまで指摘しているとおりです。

いいや、そんな指摘なんてなかったね。「事件および裁判についての具体的な知識に基づいた議論」をしているところに抽象的な原則論を振りかざしたいちゃもん、ならあったけどね。

>ただ,議論の中で誤った知識と論理を用いることはやめて下さい,というだけの話なんです。

じゃあまずそれを指摘してみせろよ、ってはなしですな。きちんと文脈を踏まえた上で。

(2010/10/10 22:21)

などと返すなど、自分が何を批判されているのかさえ理解できない様子です。*1
 
 上記のコメント欄でApeman氏は

つーか、何度言っても「こちらの反論の仕方は相手の議論の立て方に左右される」というごく当たり前のことが理解できないようだな。例えば刑訴法226条は検察が「取調べ」を行なうための規定だと思い込み、憲法76条3項は裁判官に「明文規定にならないようなことはなに一つするな」と命じていると思い込み、かつ刑訴法294条が裁判長が公判において休憩を宣する権限の「明文規定」であるというフリーダムな「明文規定」概念をもっているネスレくんみたいなのを自分で説得してみるとよくわかるよ。自分でやってみたら?
(2010/10/14 10:39)

と「法律家ですが・・・」さんに対して仰っていますが、公判に出廷していない証人の供述の証拠採用には被告人の反対尋問権保障が問題になることはありえないと思い込み、法律の存在をもって合憲か違憲かの結論を出してしまい、かつそれらの間違いを批判されても自分が何を批判されているのかさえ理解できないでいるApeman氏みたいなのを説得するのは確かに容易なことではありません。

*1:Apeman氏は自分が何を批判されているのかも分からないまま、「宿命的な類似性」http://d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20101010/p2という記事も書いているようです。「角栄擁護論がダメダメな理由」http://d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20101012/p1のコメント欄でも、やはり自分が何を批判されているのか理解できない様子です。